いろいろ社の「いろいろTV」はいろいろ社 代表の青木が気になる人に、いろいろなおはなしをお聞きするオンライン番組です。
第51回目は、いつもとは違い、青木がインタビューを受ける回となります。インタビュアーはいろえんぴつ株式会社の大田原 裕希さんです。今回は、いろいろ社の秘密にせまります。
目次
何の会社なんですか?いろいろ社は。

今日はゲストインタビューアーとして大田原裕希さんに出演いただきまして、いろいろ聞いてもらうという会をやってみたいと思います。大田原さん、よろしくお願いします。



そうですね。

弘輝さん、どうしましょう。今回も一応、大田原さんの自己紹介からですよね?




半年で100社へインタビューしたんですか?すごいペースですね!




いろいろやってます、としか言ってないですね(笑)


「 具体的に何ができるの? 」は、よく言われます。
その時々で喋ることがいろいろ変わっています。

今は「 いろいろらいん 」を大きくしていくタイミングだなと思ってるので、
「 LINEだけで決済や会員管理、スタンプラリーやフォトコンテスト、アンケートなどができるようになるLINE公式アカウントを拡張する『 いろいろらいん 』というサービスをやっています 」
っていうことを言うようにしてます。



そうです!

この前、「 老謡 」というイベントをやったんです。
童謡は子どもの歌、それの大人版ということで、老謡という、老いを面白い歌にして人生を楽しむというコンセプトで、福岡でイベントをやりました。
そのときに参加されていた新聞記者さんから、「 何の会社って書けばいいの? 」って弘輝さんが聞かれて困っていたんで、そのときは 企画会社 だなと。


そうですね。
その方にとっては、たぶん弘輝さんは、AIで歌を作る「 老謡プロデューサー 」と認識されていて、その取材だったので、それならば 企画会社 と名乗るのが適切かなと判断しました。


はい!



老謡を一緒にやっている老謡アーティストの中村修治さんという方がいまして。
もともとは、いろいろTVのテーマ曲を作ったところがスタートです。弘輝さんがAIを使って社歌を作ってみました、というような記事を会社のサイトにアップしまして。
そのことをいろんな人に喋っていたら、歌を作りたいという人が現れ始めて。その中でも、中村修治さんがすごく面白がってくれました。
中村さんは企画をされる方で、コラムなどもよく書いている方です。そのコラムとか、日頃の思いみたいなものを、歌にしましょうっていう話から始まったのが老謡です。


20代から50代ぐらいですね。70代の方もいらっしゃいました。


中村さんはたぶん60歳オーバーだったかなと思います。
大人が本気を出していろんなものをちゃんと作ってみたっていう感じで、ミュージックビデオとかもロケでの撮影が入った作品が作られたり。大人が真剣に何かやると面白いねっていう会でした。


やっぱり、「面白そう」で真剣に動きたいですね。
中村さんもそれが一番なんだと思います。




ありがとうございます!
人が青木を変えたのか?そうでないのか?


そうですね。
歳をとってきてからなのか、最近は面白くないことはやりたくなくなっています。自分たちが面白いと思えることの方が仕事としてはいい仕事ができるなって、すごく思います。


僕が面白いことにこだわるようになったのはここ最近です。
大学生の時は、僕は教育の歴史とか教育政策の研究者になろうと思っていました。なので、修士課程までいっちゃうっていうキャリアです。
面白いことをしようとかは考えていなかったですね。


高校生ぐらいのときです。
僕は学校や勉強が好きじゃない子でした。なんでこんなことをしなきゃいけないんだろうってずっと思ってて。大学の学部選びのときに、教員養成ではなくて教育学を学べるっていうところがあって、そこになぜか行こうと思ったんですよね。
それで大学に入ってからは、修士まで指導してもらった先生の授業を受けたり、レポート書いたり、ディスカッションしたりっていうのが、意外と面白くて。それで研究を続けてみようって、大学院まで行きました。
今の仕事とは全く何も関係がないと思います(笑)


最近はだんだん変わってるみたいですけど、黒板があって先生が前で教えて、みんながそっちを向いて座ってるっていう。
あの風景に対する違和感があり、それに興味を持ったことで、教育の歴史とか政策を調べ始めました。面白かったなと思ってます。


「なんでこうなってるのか」とか、そういうことを考えることは好きです。
考える過程でのインプットっていう意味だとやっぱり調べるとは思います。


就職しようと思った理由ですね。
僕は大学院に三年間通っていました。一年間休学してバックパッカーみたいなことしてて、ユースホステルに泊まってた時に、知り合いになったカナダ人の実業家の人がいまして。
その人から「 社会に出て働いた方がいいぞ 」みたいなことを言われたんですよね。その人がかっこいいおじさんで。

あと、大学院の時に研究所でインターンをさせてもらっていて、そこの先生が研究所のいろんな研究者の人に会わせてくれたんです。
「 青木君はこういう風になりたいのかな? 」っていう問いを投げかけられて。研究は好きだったんですが、「 研究と研究者の世界はやっぱり違うよ 」というような話もされて。

自分が行きたいのは研究者の世界じゃないんだろうなと思ったということも理由ですかね。
それで就職しようと思ったんですが、就職氷河期と言われる時期だったみたいで就職活動は大変でした。なので、最初に内定をもらった会社に行こうとは決めていて、内定と言われた面接の場で「 はい、行きます 」って回答しました(笑)


業種的には何個か興味があるところはありました。
それと、当時は「 初任給がいいところ 」っていうわかりやすい探し方をしてましたね(笑)


やっぱり、人との出会いというか、そういうのは大きいと思います。


僕は現在六社目なんですけど、転職活動はそんなにやったことはないんです。
ほとんど誘ってもらったり、紹介してもらったりで決めています。転職した会社はだいたい、知り合いのところとかですね。最初の上司だったり、ママ友の旦那さんがきっかけだったり。そこは本当にいろいろですね。


あまりやることを決めていなかったので、何でもできるように、です。
起業のきっかけは「 ナンバーツーが向いてないから 」


働かなきゃ、っていうのがまず最初ですね(笑)
前の会社辞めてしばらく働いてない時期があって。それで働かなきゃと思いました。

会社をやろうと思ったのは、前の会社を辞め、退職の報告を仲のいい何人かにしたときに、僕はナンバーツーみたいなポジションが天職だと思ってるって伝えたら、全否定されたんですよね。「絶対違うよね」って。
それまでずっと一緒に仕事をさせてもらってた人たちに「絶対ナンバーツーは向かない」って言われて。それがすごく引っかかりました。
自分で会社する以外は最後はやっぱりそういうことになるじゃないですか。向いてないナンバーツーになるしかなくなる。でも、それがやっぱり怖いというか、ある意味トラウマになってしまって。じゃあもう自分でやるしかないかなって思いました。


いまだにナンバーツーも合うと思ってるんですけどね。
でも多分、我が強いというか頑固というか、そういうところはあるので、多分僕を使う人は大変だろうなって思います(笑)


そうですね。
向いてないって言われたのは本当に衝撃でした。30何年間そういうことが向いてるって本当に思ってたんで。もっと早く言ってくれよっていうのがありましたし。
それ以来、自分の感覚というものは当てにはならないと思ってます。



そうです。
部長とかキャプテンとかしたことないですね。生徒会長とかもないですし。
リーダーとかそういうのは嫌だって思ってたので。


人前に出るとかがちょっと嫌で。リーダーシップを発揮しなきゃいけないじゃないですか。


全然なかったと思います。
小っちゃい会社ですし。組織として大変なことはしない方向にしている会社なので。
そこは多分全然変わらずやれているかなとは思います。
UMA ? 老謡 ? なにそれ?


最初は他社の事業開発の支援をしていたので、やってきた経験を生かしていくというのがベースだったと思います。
『 いろいろらいん 』は、自分たちでサービスをやってみたいっていう想いが最初です。
『 いろいろTV 』、『 UMAアドベンチャーラボ 』、『 老謡 』は、もちろんやったことはなかったです。


UMAは、地域協力隊をやっていた山本卓さんと一緒に佐賀県で町おこしのイベントをやろうみたいな話から、その土地に関する妖怪とかそういう話をやろうか、みたいな話になって。
その打ち合わせから一気に話が進みました。未確認生物を粘土で作ったりする企画なんですが、打ち合わせのすぐ後に弘輝さんがUMAを発見?制作?をたくさんしてて、それを勝手にInstagramに上げ始めてて。
そういう始まり方です。
UMAが好きだったかと言われると、僕は全くそうじゃないです。


いや、最近です。
僕はそういうアイデアが出てくる人では全くなくて。UMAも弘輝さんのアイデアです。
事業自体を面白そうって思えるようになったのは多分最近だと思いますね。もともとは面白いことというよりは、事業成長的な面白さのほうに興味が強かったです。
でも、UMAアドベンチャーラボでは子どもと一緒に活動をしたりができて、そこで、子どもたちが楽しそうにしていたり、一緒にいる大人たちも楽しそうにしている、というのを見て、いいな、と思いました。


なんかそう言われると、僕の人生の点と点が結びついた気がします。

機会や場を作るっていうのは本当に重要だなと思っています。子どもが大人と喋る機会とか、子どもが大人と同じことをする。しかもそれが、親ではなくてその場で会った人と、というのがポイントですね。
子どもたちの普段見れない一面が見れたりして、すごく良いことできてるなっていう感覚があります。
UMAアドベンチャーラボでのイベントは佐賀県の離島に行ったりするんですけど、そこで離島の子どもたちと弘輝さんの娘さんが普通に一緒に遊んでたりとか、福岡や東京から来た大人が一緒に遊んで、子どもたちと大人が同じ目線で喋ってて。
そういうのはとても良いと思うんですよね。


福岡市内から朝5時ぐらいに車で出発するハードな回もありますよ(笑)
九州でやるのもいいですが、大田原さんの本拠地の北海道でやるのも良さそうですね。
ちなみに、佐賀の白石町でやった際は、神社で普段見れない場所をご開帳してもらったりしたので、街の知らない場所を知るきっかけになったりもしました。


はい。企画の中で、UMAを捕獲するというコンセプトのスタンプラリーをしてます。
スタンプラリーは柔軟ですよね。いろんな応用の仕方はあるかなと思います。
子どもたちは島でUMAを探して、見つけてはQRを読み込んでスタンプをゲットして、という一連の遊びもしますが、楽しそうにしてますね。


いろえんぴつ株式会社といろいろ株式会社で、旭川ツアーの企画やりましょう!本当に!


あとは、そのへんを弘輝さんが面白くしてくれるかなと(笑)


やってみましょう!ぜひ、別の機会に打ち合わせをしましょう!
「 楽しむこと 」と「 結果を出すこと 」の因果


仕事をする上で大事にしてることは、結果を出す、価値を提供することにこだわる、というところかなと思います。あとは楽しめるかどうか。
新卒で入ったアクセンチュアという会社の上司に「 お金をもらっているんだから価値を出すのは当然だ 」と教育されていて、それが今も残っています。
あとは、楽しめているときのほうがパフォーマンスが良いと思っています。だから、楽しむことも大切にしていることの一つだなと思います。
僕だけじゃなくて、弘輝さんも、楽しいと思っている時とそうじゃない時で、パフォーマンスが変わると思いますし(笑)そういう状態は常に作りたいなとは思います。
それに、楽しそうに仕事をしてるというのは子どもたちに伝わっています。楽しそうにしている大人、というのはいい背中を見せれてるんじゃないかなとは思います。



そうですね。とりあえず今日は、企画会社ということにします。

〜 第51回目の「いろいろTV」を終えた青木の振り返り 〜
いつもご視聴いただき、ありがとうございます!
今回は放送50回突破の特別記念ということで、いつもとは逆に、いろえんぴつ株式会社の大田原 裕希さんにインタビューをしていただく特別回でした。
「いろいろ社は一体何をしている会社なのか?」という直球の質問から始まり、僕の経歴や起業のきっかけ、そして「老謡」や「UMAアドベンチャーラボ」といった最近の活動について深掘りしていただき、最終的には「楽しいことを企画デザインする企画会社」ということに落ち着きました(笑)
お話しする中で、自分自身が「面白い」と思えることにこだわり、その上で結果を出すことや価値を提供することの大切さを改めて実感する良い機会になりました。大田原さんの本拠地である北海道での旭川ツアー企画も、ぜひ実現させたいと思います!
これからも、『いろいろTV』をよろしくお願いします!
